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空白を獲得するために走っている/走ることについて語るときに僕の語ること(村上春樹)

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走ることについて語るときに僕の語ること(村上春樹)

もう何年も読み続けている書籍。初めて読んだときは、読み終えても走ろうとは思わなかった。
ここ数ヶ月、毎日走っているので改めて読み直してみることに。

同じ本でも身体を動かしているときと動かしていないときでは、ピンとくるところが違うものですね。線を引くところが全然違う。

単純だけど身体を動かすことが大事

「基礎体力」の強化は、より大柄な創造に向かうためには欠くことのできないものごとの一つだと考えているし、それはやるだけの価値のあることだと信じている。

同じ十年でも、ぼんやりと生きる十年よりは、しっかり目的を持って、生き生きと生きる十年の方が当然のことながら遥かに好ましいし、走ることは確実にそれを助けてくれると僕は考えている。与えられた個々人の限界の中で、少しでも有効に自分を燃焼させていくこと、それがランニングというものの本質だし、それはまた生きることのメタファーでもあるのだ。

高城剛さんも「身体を鍛えながら魂を磨くことで心の平穏を築く」と書いていました。身体を動かすことは簡単だけれども、すごく重要なこと。

愚直にこつこつと

日々走ることは僕にとっての生命線のようなもので、忙しいからといって手を抜いたり、やめたりするわけにはいかない。もし忙しいからというだけで走るのをやめたら、間違いなく一生走れなくなってしまう。走り続けるための理由はほんの少ししかないけれど、走るのをやめるための理由なら大型トラックいっぱいぶんはあるからだ。僕らにできるのは、その「ほんの少しの理由」をひとつひとつ大事に磨き続けることだ。暇をみつけては、せっせとくまなく磨き続けること。

才能にそれほど恵まれない作家たちは、若いうちから自前でなんとか筋力をつけていかなくてはならない。彼らは訓練によって集中力を養い、持続力を増進させていく。そしてそれらの資質を才能の「代用品」として使うことを余儀なくされる。しかしそのようになんとか「しのいで」いるうちに、自らの中に隠されていた本物の才能に巡り合うこともある。スコップを使って、汗水流しながらせっせと足元に穴を掘っているうちに、ずっと奥深くに眠っていた秘密の水脈にたまたまぶちあたったわけだ。

効能があろうがなかろうが、かっこよかろうがみっともなかろうが、結局のところ、僕らにとってもっとも大事なものごとは、ほとんどの場合、目には見えない(しかし心では感じられる)何かなのだ。そして本当に価値のあるものごとは往々にして、効率の悪い営為を通してしか獲得できないものなのだ。

ほんと、暑いとか寒いとか雨が降りそうだとか、走りに行かない理由はいくらでも思いつくんですよね。でも、ひとまずシューズを履いて外に出てみれば、気持ちよくなって走り続けることができる。

なんでもそうだけど人目につかないことをこつこつやっていくことが道を開いていく一番の近道。
易経にも「確乎としてそれ抜くべからざるは、潜龍なり」とありますね。

人生の終わりが見えているからこそ

本当に若い時期を別にすれば、人生にはどうしても優先順位というものが必要になってくる。時間とエネルギーをどのように振り分けていくかという順番作りだ。ある年齢までに、そのようなシステムを自分の中にきっちりこしらえておかないと、人生は焦点を欠いた、めりはりのないものになってしまう。

 

人生も終わりに近づいてきて、そろそろやれることも限られてきたぞ、といった年齢。10代の頃に、村上春樹に出会い、作品が出るたびに読み込んで、あっという間に25年。フィッツジェラルドが死んだ歳まであと3年。

年を追うごとに雑事はなぜか増えていきますが、大事なことにフォーカスして過ごしていきたいな、と。一日の中でできることを増やすのには、体力をつけることが最短。

せっせと走ろう。

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